コラム

遺産分割前に遺産が処分されてしまった場合

弁護士 長島功

 相続開始後、遺産分割をする前に、遺産が処分されてしまった場合について、設例とともに、解説しようと思います。民法改正によって定められた民法906条の2に関するものです。

1 設例
 被相続人は父親、相続人は3人の子(甲乙丙)です。
 遺産は、A銀行に1500万、B銀行に3000万ありました。
 ただ、甲が父親の死亡後、遺産分割をする前にA銀行から勝手に1500万円全額を引き出して費消してしまったというケースを考えてみようと思います。

2 解説
 遺産は本来A銀行とB銀行の預金額合計4500万円だったはずなのですから、各相続人は1500万円ずつ相続できたはずです。
 そこで、結論としては、1500万円を引き出した甲は既に遺産を受け取っているとして0円とし、乙と丙がそれぞれB銀行の預金を1500万円ずつ分けるというのが公平です。
 ただ、遺産分割調停では、原則として、遺産分割の対象になるのは相続開始時に存在した財産で且つ分割時にも存在する財産が対象となります。
 そのため、設例のケースですと、分割時既にA銀行の預金は引き出され費消されているので、B銀行の預金3000万円だけが遺産分割の対象となり、その結果甲乙丙は1000万円ずつ相続するということになります。
 しかし、甲はA銀行より1500万円を引き出していますので、この結論ですと甲だけが実質2500万円を相続する結果になってしまいます。
 そこで、このような不公平を調整するものとして、民法906条の2が定められました。

(1)同条第1項
 相続開始後、遺産分割前に遺産が処分されてしまった場合には、共同相続人全員が、処分された財産も遺産分割の対象とすることに同意すれば、遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができる旨定められています。
 そのため、設例の事案であれば、甲乙丙全員が同意をすれば、甲が処分してしまったA銀行の預金もなお存在するものとして扱うことが可能になり、公平な結論を導くことができます。
 これは従前より判例で認められ、実務でも行われていたものですが、民法改正で、条文として明確化されました。
 なお、同条の「処分」は設例のような預金の払戻しが典型ですが、遺産対象である動産を壊したり、遺産共有となった不動産の持分を第三者に譲渡するなどの行為も含まれます。

(2)同条第2項
  第1項の定めにかかわらず、共同相続人によって処分がなされた場合には、その処分をした相続人の同意を得る必要はない旨が定められています。
 そのため、設例の事案であれば、処分をした甲の同意がなくても、乙丙がA銀行の預金も遺産分割の対象とすることに同意すれば、A銀行の預金含めて遺産とし、公平な結論を導くことができます。
 なお当然ですが、同条は処分をした人が誰かをある程度容易に認定できることが前提です。そもそも処分者に争いがあり、認定が困難なような場合には、民事訴訟にて判断を求めるべきであるとして、調停・審判での判断に適さない場合もあろうかと思います。
 また、遺産の一部を処分をしていたとしても、その使途が処分者のためではなく、被相続人や相続人全員の利益のために使われているような場合には、特に同条で遺産分割の対象にしなくても、公平な結論を導けるので、使途が何なのかも実際の調停では話し合われることになろうかと思います。

(3)遺産が全て処分されてしまった場合
 設例の事案で、例えば甲がA銀行の預金だけでなく、B銀行の預金も全て引き出して費消してしまった場合でも906条の2の規定を適用することはできるのでしょうか。
 906条の2はあくまで分割対象となる遺産が存在していることを前提に、処分された遺産がある場合に計算上の均衡を図るための制度です。
 そのため、全て処分されてしまい、分割する遺産が存在しない場合には、同条の適用はないと考えられています。